2011年3月11日(金)

15時前に起こった大地震。

 

それから

 

我々が商売を営む

埼玉県戸田市でも計画停電が実施されました。

 

 

歓送迎会 真っ只中の時期に予約が全てキャンセルになり

計画停電の中 まともに営業出来る日も少なく

ニュースでは電気が付かない中

懐中電灯やロウソクで営業している店舗も取り上げられましたが

 

 

 

あの まだメチャクチャ寒い中

換気扇も付けず(付けられず)に

火を使い営業する事は

私の判断では出来ませんでした。

 

 

 

 

それでも固定費(家賃、人件費等)は発生する訳で

 

 

 

 

 

「あぁ  こうやって倒産するんだ」

 

 

 

 

 

って

 

 

小さい子供が生まれたばかりで

大きな お店の借金を抱えた私は

 

 

 

計画停電で真っ暗闇の店内、

外は信号も付かないので警察官が必死に誘導している異常な中

 

お客様が来て頂けるかどうかも分からないが

卓上のカセット ガスコンロの火で 冷たい指先を温めながら

 

 

 

そう何度も思ったものです。

 

 

 

 

 

 

そんな中、勇気づけてくれたのが

 

pray for japan

 

pray 4  japan

 

 

ユーチューブの動画なんですね。

 

 

今 見ても涙が溢れる動画なんですが

とても勇気を頂きました。

 

 

 

弱り切っていた我々に

 

「今 我々にしか出来ない事」

 

懸命に模索し

我々以上に傷ついている被災地の方に向けて何が出来るか?

その答えが 義援金イベントだったんですね。

 

 

その当時といえば

槇原 敬之 の 「僕が一番欲しかったもの」 を

テーマソングに何度もリピートして聴いていました。

もちろん、気仙沼に行く当日も。

 

 

 

 

 

 

それから数年経ち、

 

 

TVで被災地の若者たちが

 

「義援金を送って下さった方々のおかげで

今こうして  野球が出来ています」

 

 

等と放送されるもんですから

 

我々が直接、支援をした訳でもないのに

涙が溢れてくるんですね。

 

 

 

 

 

義援金イベントにて

 

無給で賛同してくれたスタッフ、

無給で強力して頂いた方々、

 

この場をお借りして感謝の気持ちを

 

ありがとうございます。

 

 

 

 

これからは

我々が出来る事は微々たるものですが

 

イベントという形では無く

気仙沼の復興に繋がるように

 

宮城の魚介類、お酒を扱わせて頂きたいと思っています。

 

 

震災前の日常が一日でも早く訪れますように。